ダマタイ

騙されて(語弊)タイに出向になった私の奮闘記

ダマタイ 振り返って

結局、なんだかんだ過ごしながらどんどんプロジェクトが進んでいくのだが、
自分の立ち位置がわからないまま、*1
何をすればいいのかを自分で考えざるをえない状況に追い込まれていた。

当然何をするべきかわからない。
右も左もわからない。 それどころか前も後ろもわからない。 できていたことさえできなくなる。
連日「え、そこも私がカヴァーするの?」という思いに囚われながら仕事をしていた。

チームリーダーであり、課長であり、担当者でもあるというのがしばらく続き、
私のモチベーションとか気力とかそういうものがごっそり抜けおちていったのはこの期間である。*2
上長には「部下のモチベーションを上げることを考えろ」と言われ、
心の中で「あなたが出来ていませんが?」と即座に思うほど鬱屈としていた。

そんな心中が顔にも出ていたのか、「生気がない」だの「発想が貧困」だの「週末はちゃんとリフレッシュしろ」だの「酒を飲め」だの散々ないわれようをしていた。*3

タイスタッフには「仕事場がすごく好きな人」「仕事場に住んでる」とか揶揄されていたらしい。
まぁ、オープンクローズ*4だからね、しょうがないね。 サーバ無いと仕事できないしね。

敢えて言えば、働かなくていいなら働かない。 私は働きたいわけではない。
仕事を辞めれば自分が圧倒的クズになると自覚できているから働いているだけだ。
後ろ向いて後ろ向きに歩いているのが私である。

本来ならば試行錯誤してこんな状況を改善するべきなのだが、
私にはその気力が持てなかった。 忙殺されていた。 週末は電池が切れたように落ちていた。

結局のところ、今でも改善できていない

ただ少しだけ意識は変わった。
いかにして自分を管理する側に置くか。
仕事の分類分けをし、人に任せるにはどうするか、どこまで任せていいか。
そういうことを考えてやり始めなければならないと意識改革が始まってきたのである。

今でもうまく行っているとはいいがたいが、前に進んでいきたいと思う。

組織について、人について、金についてと考えることは色々あるのだが、
そういうことに目を向けられるようになるまで、最初の出張から既に半年の月日が流れていた。

未だに当たり前の解決方法を全く思いつかなかったりしている。
どうすればなれるのか、ちゃんと経験としてつみあがっているのか、
そんな不安ばかりが過ってしまい、また精神衛生が悪くなっている今日この頃。

結局会社から補助が出る勉強費は一銭も手を付けないまま期限切れになった。
英語の授業受けていたら、気が紛れただろうか。 それとも壊れただろうか。

今では知る由もない。

*1:よく一つ上の立場でモノを見よという話があるが、私は二階級特進である。

*2:最近はこの仕事向いてないなと思っている

*3:仕事が終わらないので週末は販売・購買担当の仕事をせざるを得なかったのだが。

*4:07:30までに事務所をあけて、大体20:00過ぎに事務所を閉めて、さらに土日の片方はいる状態だった。 今は少し改善。